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【工場進化論】人が集まる働きやすい職場へ

「人は来ないねぇ。どこも一緒だと思いますけど」。とある金属加工会社の社長は遠い目で薄く笑った。コロナ禍で一時的に「過剰」に転じた製造業の人手は平常に戻ると途端に不足感が強まり、今は争奪戦に近い様相だ。特に若手の製造業離れは指摘されて久しく、これに歯止めがかかったとは現状、残念ながら言えない。生産現場には奥深い魅力がありものづくり産業の浮沈は国力をも左右する。だからこそ環境改善によるイメージの向上は大きな意味があるはずだ。本特集では人が集まる働きやすい工場をつくるためのヒントを取材から探る。


「人手不足はどこも一緒ですが、特にウチのような地方では厳しい」。ある工場の担当者は本当に厳しい顔つきでそう語る。企業や業界でも濃淡はあるはずだが、この2年ほど、押し並べてよく耳にするのは人手不足を嘆く製造業の声。海の向こう、若い働き手が日本より圧倒的に多いはずのインドですら「IT産業やアパレルが人気で製造業は人手不足気味」との声が聞こえてくる。では日本の状況は推して知るべしだろう。

中小企業庁の統計では中小企業における製造業の従業員の過不足DI(従業員の過不足状況を表す指標でマイナスが多いほど不足)は2024年第1四半期でマイナス18.9。コロナ禍の20年に一時プラス(過剰)に転じたが、今はマイナス20台で推移していた17~19年の不足感に近い水準だ。

34歳以下の製造業の若年就業者も昨年は259万人と03年の361万人から20年間で102万人減った。就活ツールも多角化し様々な企業の情報を一覧できるため、求職者の目も昔よりかなり肥えている。若手や女性に興味を持ってもらい、そして働きたいと思ってもらう二段階の心理的ハードルを越えるために、職場の環境整備はかなり重要なファクターだ。いわゆる「Z世代」の興味関心はただでさえ製造業に向きづらいと言われる。そういう傾向が事実としてある以上、現実を受け入れて人を呼び込む手を打たなければ自社も業界そのものも先細ってしまう。

工場では重筋労働と呼ばれる負荷の高い作業が往々にして発生する。加工現場では劣化したクーラント液のムっとしたにおいやオイルミスト、溶接現場では粉塵も問題になる。スレート屋根の建屋は暑さ寒さの影響も受けやすく、特に昨夏の暑さを鑑みれば暑さ対策は必須だ。働き手が面倒だと感じる仕事はシステムや設備で積極的に代替して負担を取り除き、気温や湿度、雰囲気、制度など働きやすい環境を整備する。そうして自社の底力を高めていけば、自ずと働き手にも訴求できる魅力が生まれてくるのではないか。

「人が来ないと嘆いても一生誰も来てくれない」と、あるものづくり企業の経営者はきっぱりと言う。人が集まる企業には一朝一夕ではなれない。だからこそ変化に向けた一歩をいま踏み出したい。


若手が集まるものづくり企業に聞く


とどまる様相の見えない人手不足。特に製造業では優秀な若手が他の産業に流れやすく、人材獲得に向けた競争は激化の一途をたどっている。しかしそんな中でも、若い人材が男性・女性問わず集まるものづくり企業が存在することも事実だ。ここでは愛知県のテルミックと大阪府の湯本電機にインタビュー。環境整備や社内改革、成長戦略など、人が集まる企業になるためのヒントを探る。


テルミック、急成長するものづくりのエンターテイナー


ものづくりのエンターテイナーを自認するテルミック。愛知県常滑市の拠点には年に2千社が見学に訪れる。見学者が絶えないのは理由がある。平均年齢は32歳で約7割が女性。内勤営業のみで売上は一昨年に43億円、昨年51億円、今期61億円(計画)と急成長を遂げているのだ。生産管理システムで過去の類似図面を抽出。加工経験のない若い女性も最短45分で見積回答できる体制が単品加工の需要を呼び込んだ。りんくう常滑営業所内にはバーがありフロアは音楽が流れる。最大3カ月の休暇制度や働く拠点をシャッフルできる制度など独自の福利厚生も充実。「製造業に興味を持ってもらうにはやりすぎくらいがちょうどいい」と田中秀範CEOは語る。


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【回答者:長谷川良DMEO(左)、田中秀範CEO(右)】

Q:長谷川DMEOが入社されたころから貴社は今のような雰囲気でしたか。

A:長谷川「いやいや、当時はごく一般的な町工場だったと思います。営業も基本は外勤でした。リーマンショックごろに徐々に内勤営業の割合を増やし始め、そちらの方が結果が出るようになったので完全に内勤営業に切り替えました。同時期に女性が増え始めたのを機に社内環境の整備に着手。オフィスが綺麗でないと若い女性に製造業に来ていただけないので、給湯室など古い部屋割を取り払いワンフロアに変えました。女性比率が上がるにつれきめ細かい整備も進め、今では『ハイヒールで歩ける工場』を掲げています」

Q:内勤営業ができる仕組みは。

A:田中「とんでもないシステムを作り上げたわけではなく、普遍的な技術を活用し誰もができることに取り組んだだけ。時代が変化する中でたまたま我々がそこに目を向けたという話です。我々の生産管理システムは過去の図面や見積を抽出できます。10件のうち難しい1件だけを技術者が対応すれば、あとは未経験の若い方でも見積対応ができます」

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夜にはネオンが灯るりんくう常滑営業所。工場と物流拠点も兼ねており、加工は自社や協力会社で行いテルミックが品質保証する

A:長谷川「製造業は知識がないと営業できないイメージだと思います。我々は女性目線で知識に頼らず営業できる仕組みを整えました。机の上ですべてが完結するビジネスモデルを確立したんです。今では入社1年以内の若い女性が月に数千万円の売上を達成しています。154人の社員の約7割が女性。うち9割が2030代の若い方です」

Q:様々な取り組みの中で何を重視していますか。

A:長谷川「まずは社員ファーストであること。また20代、30代の若い力が当社の根幹です。途絶えないよう常に新たな風を吹かせ続けることを心がけています。固定観念で何かを否定することはありません。福利厚生にも力を入れています。最近は最大3カ月の休暇が取れるサバティカル制度を作りました。発端は海外出身の社員がなかなか里帰りできないことですが、海外留学がしたい、あるいは日本一周がしたいという理由でも許可を出します。また愛知、東京、島根など各地の拠点から勤務地を1週間ほどの単位でシャッフルできる制度も始めています。これも旅行感覚でOKです。色々な取り組みは社内の希望を元にアレンジして実施します。制度は利用してもらうことに意義がある。使う際に窮屈に感じないよう柔軟に運用しています」

Q:ユニークな取り組みを進める理由は。

A:田中「製造業は情報通信などに比べ人気がない。こんな会社もあるんだと一人でも多くの方に知ってもらい、製造業を選択肢に入れていただけるように面白おかしく活動しています。公式キャラクター『てるみちゃん』も作りましたがこれは大成功でした。『かわいい』を入口に当社や製造業を知ってもらえます。製造業は後づけでも良いと思います。何でも調べられる世の中ですから、興味を持っていただくことが最重要。私自身、『やりすぎくらいがちょうど良い』とよく言っています」

Q:採用に悩むものづくり企業は多いです。最初の1歩目は何が必要だと思いますか。

A:長谷川「何か面白いことを思いつく、あるいは課題が見えれば即行動に移すことでしょうか。やってみてダメなら、元に戻せば良い。このマインドは重要であり、テルミックではこのマインドのもとにチャレンジ、行動をして変化させています。もちろん物事によっては費用もかかるので限度はありますが。行動しないと変化も進化もありません。またやるからには『全部同時にやる』というスピード感も大切だと思います」

Q:失敗した経験もありますか。

A:長谷川「もちろんありました。ただ失敗した際の引き際が早いというか、固執はしませんね」

Q:成長率の高さが目立ちますが、今期も売上は順調ですか。

A:長谷川「今期の売上は61億円の計画。今のところオンコースで順調です。新規取引先も内勤営業で年間400件ほど獲得できています。口に出さないことには実現しないので常々言うのですが、この延長線上に売上100億円の大台も見えていると感じます」

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2階にはコンベヤや自動倉庫、1階には加工機が整然と並ぶ

【テルミック】導入して良かったモノとコト


工場内の自動化を進め人の移動距離を最小にするテルミック。特に環境改善に役立った設備は自動倉庫だという。導入以前は固定棚で製品を管理しており、売上が拡大すると残業が増える傾向があったそうだ。「繁忙期は部署も関係なく総出で対応していました。あれはあれで楽しかったですがそれが今も続いていればそのマインドにはなれなかったと思います」と長谷川DMEOは懐かしむ。同社は2020年から紙ゼロ・残業ゼロ・ルーティンゼロを掲げた改革を推進。田中CEOはこの施策を「非常に大きな効果と利益を生んでいる」と語る。


湯本電機、若手の集うシン・マチコウバ


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【回答者:湯本秀逸社長】

11期連続の増収を果たした湯本電機(大阪市東成区)。売上と社員数は15年前の4倍だ。主に難度の高い樹脂や非鉄金属の切削を手がけ、近年は航空宇宙産業の仕事に注力する。成長エンジンの一つが若手をリーダーに据えた新事業プロジェクト。常に10以上の計画が動き、ベトナム工場や宇宙事業などを形にしてきた。昨年には「シン・マチコウバ計画」と銘打ったプロジェクトで樹木が茂るガラス張りの本社工場が大阪に誕生。平均年齢は33歳と若く採用時も1人の募集に50~60人の応募が集まるが、優秀な若手人材の採用を加速しさらなる成長を目指す。


Q:色々な改革を始めたのは約15年前とか。最初の一手は何でしたか。

A:「若手の採用です。入社した15年前は30歳くらいで私もまだ辛うじて若い。家業という意識を取り払いイチ若者として見たとき、当時の湯本電機に入るかと問われれば応募もしないと思いました。ごく普通の昭和の町工場だったんです。世の中がいずれ人手不足になるのは明らかでしたし、若く優秀な方を採用できなければ成長も生き残りもないだろうと。ではどうすべきか? その問いがすべての起点です。まず第一歩としてHPを刷新しました」

Q:HPはどんな視点で変えましたか。

A:「若い人が求人に応募するならまずHPを見ます。HPが古いとその時点でアウトかもしれない。HPが綺麗でも社員が全員ベテランならそれもまたアウトかもしれません。つまり要所に見えないハードルがあり、応募の手前で様々な観点から精査されていると思うんです。だからこそ意識してリクルートを兼ねたHPにしてきました。同じ意識のものづくり企業は当時、少なかったと思います」

Q:若手の採用は最初からうまくいきましたか。

A:「今でこそいわゆる難関大学を卒業した若手が門を叩いてくれますが、最初は新卒で入社した会社をすぐに辞めてしまいくすぶっているとか、そうした方々に入社いただくことから始めました。モノづくり経験はなし。そもそも理系でもありません。近くの携帯ショップでテキパキ働く大学生に『就職どうするの?』と大学名も聞かずダイレクトリクルーティングを敢行したこともあります。その方は実際に入社してくれました。面接時に同年代が多いと安心感がある。そんな好循環が徐々に生まれ今に至っています」

Q:採用で壁にぶつかったことは。

A:15年前を始点とすれば中盤が苦しい時期でした。若手採用を始めたころは入社してくれる人も『中小企業に入った』くらいの心づもりで期待値が高くない。だからこそプラスのギャップが生まれるのですが、ある程度の時期からは期待値が高いので思ったのと違うとマイナスのギャップが生まれてしまう。今は少しは改善できたとは思いますが当時はなかなか定着せず苦労しました」

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工場らしくない外観が目を引く本社工場(2期工事で隣の2棟も建て替えて1つに集約され完成)

Q:壁を越えた方法は。

A:「今も戦いの途中だとは思いますが、新工場はまさにその一つです。常々言っていることを実際に形にすれば期待とのギャップは埋まる。そのスピード感は意識しています。期待を持って入社してくれる社員のためにも工場の建て替えは必要でした。ハードの整備は後追いで良いと思うんです。たぶん我々も工場だけ立派にして若手を呼び込んでも、中身が旧態依然なら後が続かなかったはず。まずは中身を変え、それに見合うハードを整えるのが良いと思います」

Q:採用に悩むものづくり企業は多いです。最初の1歩目は何が必要だと思いますか。

A:「まずは一人でも良いので若い方を採用することでしょうか。理想はさておき若い方を増やさないことには先がない。我々も昔はハローワークに登録して待っていましたが、きょうびそれでは全然応募が来ない。ただ来ない来ないと嘆いても誰も来ないので、費用をかけて人材紹介会社を頼るなどあの手この手で若い方を採用することだと思います。何もせず若く優秀な人材がひょっこり現れることはないですし、来てくれても定着は難しいでしょう」

Q:一足飛ばしはできないわけですね。

A:「そう思います。何かで劇的に変わるのではなく必要なステップを積み重ねる必要がある。我々の新工場も急に今の形になったのではなく、ベトナム工場や東京営業所を快適で見映え良く整えて段階を踏みました。総じて現状はおおむね15年前に描いた通り。ただ、ここに至るのに時間がかかりすぎたなという感覚があります。今までは露出をなるべく抑えたいくらいだった本社工場も前に出せるようになりました。今後はこれも活用しつつさらに上のステージを目指して成長を加速させます」

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検査工程の様子。工場内は整然としており全体的にラボのような雰囲気

【湯本電機】新工場に込めた思い


本社工場は洒脱な雰囲気。デザインには製造業に興味がない若い人にも響くようにとの思いを込めたという。同社はロボットや航空宇宙など先端分野の加工に注力するが、旧工場はそのイメージと乖離もあった。「本当に宇宙の仕事をしていそうと感じてもらえる工場を目指しました」(湯本社長)。都会に工場を設ける以上、スペース的に労働集約的な生産モデルで収益を上げるのは難しいが、優秀な人材を集めやすい利点はある。「その力を活かして付加価値の高い仕事に注力する構造を心がけています」。ショールームとしても活用し、見られることを意気にして前向きに働いてほしいという思いもある。


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